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LAST UPDATE:2012/01/16

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李忠成選手 サウサンプトンへの移籍合意会見が行われました

 
李選手コメント自分のサッカーキャリアを考えたとき、一番の最盛期が28、29くらいではないかと思いました。
そこから逆算すると、今のタイミングが最後の海外のチャンスではないかと。そう思い、海外移籍を決断しました。

21歳のとき、オリンピックに出場するために初めて海外のチームと対戦し、
いろんなサッカーの仕方があるんだと感じました。
そこで「自分も日本ではなくいつか海外に出たい」という気持ちが芽生え、今、花が開いた。
不安もありますが、期待に満ち溢れた気持ちです。

(サンフレッチェでの2年半は)つらかったです。
つらかったけど、多くの得点を決めることができ、最後はとてもいい形にすることができました。
ビッグアーチでたくさんのサポーターの方と勝利やゴールという喜びを共感でき、幸せに思います。
ただ…やっぱり1年半試合に出ることができずに、
大学生と練習試合をしたりして耐え抜いたという思いの方が大きいです。
最終的に日本代表になれたことを考えればとてもよかったと思いますが、
もしそれがなければ、本当に自分の中では最低な時間を過ごしてしまったかなと。
年俸を払ってもらっているにも関わらず、その仕事をパフォーマンスで応えていない。
それは選手としても屈辱的なことです。

ただ、今の若手に道を開けたんじゃないかと思います。
同じようにサテライトで試合をしていた選手たちも、自分のようにチャンスをつかめば、
日本代表にだってなれるし、海外にだって行ける。Jリーグで優勝できるかもしれない。
可能性はゼロではないと思います。(石川)ノリや(大崎)淳矢、丸谷、清水、岡本…。
ともに戦った選手たちにはすごく期待しているし、自分ももっと高みを目指して、
サテライトから、ベンチ外でもここまでできるんだ、というところを見せたいです。

1年半の間、試合に出られず、期待に応えられなくて悔しい思いをしました。
ただ、誰がいけない、というふうに思ったことはありません。
間違いなくサッカーがうまい選手ならば試合に出られる。
僕はいい選手じゃないから試合に出られないんだ、とずっと思っていました。
織田強化部長が広島に連れてきてくれたにも関わらず、
サポーターや織田さんの期待に応えられない自分がすごく悔しかったです。
今、織田さん(が広島に僕を連れてきたこと)は間違っていなかったと言えるんじゃないかと思います。

(サウサンプトンは)時間がゆったりと流れている感じで、人も優しく、チームメイトもすぐに受け入れてくれました。
とてもいい街だと思います。
まずは試合に出るために、練習中からアピールしなければいけません。
今は2部から1部に上がろうとしているチームなので、
自分の力が昇格するチームの力になれるようにやっていきたいです。
FWとしていくので、ゴールを決めて、その期待に応えたいと思います。早く1点目を取りたいです。
今は、サウサンプトンで試合に出て、点を取って、プレミアリーグに昇格して、ということを一番の目標にしています。
昇格したときにまた新しい目標も出てくると思うし、見える景色も変わると思う。
今はそこだけに全身全霊をかけていきたいです。

(広島のサポーターには)とても感謝しています。
人として、サッカー選手として、この24〜26歳というとても重要な時期を
広島で過ごしたことで、自分の感性がすごく上がりました。
ビッグアーチで試合ができたあの喜び。
勝ったときはすごくうれしかったし、点を取ったときはみんなで一緒に喜びました。
本当に幸せに思います。ありがとうございました。
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