サポーターズ・カンファレンス議事録

質疑応答1

質問

 仙田社長におうかがいします。2020年のセカンドユニフォームを見て、ここにいる方の何パーセントが納得したのでしょうか。まさかエンブレムを赤の刺繍で囲むとは。広島のサポーターが赤いチームをあまり好きではないことは、おそらくご存じだと思います。そこは会議で議題になったのか、サポーターの気持ちをどう考えられたのか、お伺いしたいです。

 また、先ほど「紫の色」と何度もおっしゃり、広島には27年前からあるとも言われましたが、未来の話がほとんど出ていません。このチームの未来への見通しをどう考えているのか、ブランディングをするつもりはあるのか。サンフレッチェにそれがあるのか、未来の見通しを教えてください。

回答(仙田 代表取締役社長)

 ご質問ありがとうございます。ユニフォームの件については、杉原よりお答えします。

回答(杉原 運営本部長)

 セカンドユニフォームの件について、まずナイキさんと私たちの関係からお話しさせていただきます。

 ナイキさんには2011年からサプライヤーをやっていただいています。サンフレッチェ広島は過去、経営危機が3回ありました。1回目が1999年、2回目が2007年、3回目が2012年の初めです。普通の会社ならつぶれています。J1リーグで初優勝する2012年も、最初は誰かが助けないとつぶれる状態でした。もともとナイキさんは鹿島アントラーズ、浦和レッズのようなビッグクラブのサプライヤーしかやっていません。それが地方の、あまり裕福ではない、2011年までは成績も出ていなかったクラブの、どこに惹かれたかというと、育成型で将来があるところを評価していただき、サプライヤーとなっていただきました。

 契約の中身は言えませんが、ナイキさんには多くの支援をしていただいています。2012年に経営危機で会社がつぶれそうになったとき、規模の縮小に舵を切りました。私は現在、運営本部長ですが、サンフレッチェの経理・財務部門で16年間、責任者として仕事をしています。2012年に経営危機になったとき、規模を縮小して、再建5カ年計画を立てました。選手にお金をかけられないけれど、会社が生き延びるためにはこれしかない、という状況でした。その年にJ1リーグで初優勝しましたが、サプライヤーがナイキさんではなかったら、あのときの中心選手を当時の財力では、何人かは手放さなければならなかったと思いますし、そうなっていれば初優勝もなかったかもしれません。ナイキさんには、そういった関係でサポートしていただいています。

 もう一つ、企業と企業の関係は、お互いに思いがあり、こういうことをやっていこう、というときに、どちらか一方のやりたいことがすべて通る世界ではありません。これは企業間だけに限らず、すべての人間関係に当てはまります。たとえば家庭においても、そうだと思います。家族で3泊旅行をしようというとき、すべてお母さんが行きたいところに行くのではなく、2日目はお父さんの行きたいところに行こう、という話になるのでは。そういうやり取りがあり、その中でお互いに落としどころを見つけなければいけません。

 ファーストユニフォームの紫は、絶対に譲れません。変えろと言われても受け入れられません。ただ、その他のところでは、主旨や思いを聞いた上で、サッカー事業を通じて夢と感動を共有し、地域に貢献するというクラブ理念をひっくり返すことなく、提案が受け入れられるかどうかについて、かなり時間をかけて考えました。

 クラブは、紫を大切にしていらっしゃる方の気持ちを、もちろん考えています。考えたうえで、どこを落としどころにするのか。仙田は当時サンフレッチェにおらず、当時のメンバーで現在いなくなったメンバーもいますが、多くのメンバーが時間をかけてたくさん話をして、最終的にこれでいこうと決めました。ですから反響が来たからといって「ウチは反対しました。あれはナイキさんが考えたことです。最初から乗りたくなかったんです」という発言は絶対にしてはいけません。ナイキさんは仲間ですから。

 ナイキさんは、今まで苦しいときもサポートしてくれました。もちろん皆さんもサポートしてくれました。サンフレッチェ広島は企業の方々、一般の方々、ファン・サポーターの方々、たくさんの思いを受けて進まなければいけない存在であり、多くの方の意見を伺いつつ、バランスを取りながら進んでいかなければならないということはご理解いただきたい。そういった状況の中で、ユニフォームについては、いろいろなことを考えて、決まりました。いざ表に出ると、たくさんの声を聞きます。また、情報までにお伝えすると、ユニフォームが決まる時期は、皆さんの思っている3~4倍は早いです。かなり前に決まります。

 少し話が逸れますが、カープさんとの共同記念ユニフォームの件も、いろいろなお言葉をいただきました。後付けだ、という声も聞きますが、そんなことは1週間程度の短期間では絶対にできません。いろいろなことがあり、発表するタイミングが予定より早くなってしまいましたが、数カ月では済まない、もっと長い時間をかけて決まったことです。

 ユニフォームの件は、早い段階でいろいろなことを話し、やると決めた以上はやる。そのうえで、皆さんの声をしっかり受け止めて、次へ、ということになります。ただ、たくさんの思いを私たちは聞きましたので、次からナイキさんと話し合うときに、ここは絶対に譲れない、という部分が出てくると思います。当社が今後続けていく活動において、今回いただいた思いはしっかり受け止めます。

 ただ、ナイキさんにもやりたいことがあります。対立しているわけではなく、お互いが助け合い、それぞれの思いについて、ここは主張しよう、ここは譲って受け入れよう、というやり取りの中で、しっかりやっていければと思いますので、よろしくお願いいたします。その他については社長の仙田よりお答えします。

回答(仙田 代表取締役社長)

 まず紫の色について、クラブのホームページにも『紫とは何か』ということは載せていないのですが、こういうご質問がある以上、紫の思いはホームページなどで反映させた方がいいと、今、お話しを伺って感じています。

 あえて言うなら、ホームページに出ているエンブレムの紫。非常に濃い色ですが、あれが皆さんのイメージしている紫だろうと思います。冒頭に文学的な表現でお話しした紫も、色番号があるのではなく、染料の染め方によって変わるだろうと思いますし、古代紫に近い色かもしれません

 2020年はオリンピックイヤー、特別な年です。そして広島には、平和と復興の歴史を世界に発信していかなければならない使命があります。それを踏まえると、今回のナイキさんの『白・赤・白』の提案は、ギリギリ許容できるところであろうと思っています。

 ブランドをどう考えるのか、というご質問でしたが、紫を棄損することは決していたしません。ただアウェイでは、過去にも紫がほとんど入っていない、もしくは、まったく入っていないユニフォームもありました。そこはご理解いただきたいと思います。日の丸が赤と白である限り、このたび発表になったオリンピックの開会式で着るユニフォームもそうですが、その色に同調させていくという動きは、これからもいろいろなスポーツの世界で出てくると思います。そういうスポーツ全体の流れの中にサッカーも入っていったと、ご理解いただければと思います。

 オリンピックを盛り上げていくのは、我々の一つの役割です。ただしサンフレッチェ広島として、紫のブランドを棄損することは決してしない、ということは宣言したいと思います。未来については、そう考えています。

質問

 山本拓也前社長は以前ナイキにおられ、2年間勤めて退任されました。前社長の就任、退任の経緯も含めて、ナイキとの関係性をどう考えているのか聞かせてください。

 共同記念ユニフォームの発表があった広島東洋カープとの関係性について、考えを聞かせてください。

 新スタジアムの設備に関するアンケートで、カフェや飲食店が上位だったようですが、あの場所に新しく飲食店を設けても、競合相手は広島市内のさらに中心部、紙屋町や本通り付近の店舗になり、競合できるとは思えません。どのように考えているのか聞かせてください。

 スタジアム入場後のファンサービスについてですが、私はおまつり広場にはあまり行っておらず、新しいサービスをおまつり広場でやりました、と言われても、あまり関係ありません。ハーフタイムも何かあるわけでもありません。スタジアム内でファンを惹きつける取り組みはあるのか、教えてください。

回答(仙田 代表取締役社長)

 前社長の山本拓也さんについて申し上げます。山本さんはサッカービジネスにとても精通していて、今でも私より社長にふさわしいと思う部分がたくさんあります。ただ、私もそうですが、任期は1期2年なんです。何があっても1期2年で、2期目になれば4年やるのかもしれませんが、それは分かりません。前任の山本さんは1期2年で、その前の織田秀和さんは3年でした。これは、その前の小谷野薫社長が任期途中で広島市長選挙に出馬するという、通常とは違うタイミングがあったからです。サンフレッチェにおいても一般論で、つまり人事異動だと捉えていただければいいと思います。

 では、なぜ私が来たかというと、新スタジアムをめぐって今後、行政や経済界と様々に調整することがあるときに、私が地元に顔がきくだろう、と買いかぶってもらったことが一つ。また、営業経験があるので、スポンサー様を集めるときに重宝するのではないか、ということが理由だと聞いていますし、私もそう思っています。

 山本さんが社長に就任した理由は、スポーツマーケティングに精通しているからです。スポーツマーケティングのノウハウをサンフレッチェに持ち込む。それについては一定のことができたと、私は思っています。そのうえで今度は、より地元に意識を向けた方がいいだろうとなり、私が招へいされたということになります。

 次に広島東洋カープとの関係ですが、カープさんと我々はまったくの対等です。カープとサンフレッチェが広島の二大スポーツだと言われることがあります。我々にとっては大変光栄なことで、そこに広島交響楽団を加えて、いわゆるP3という活動もあり、3社は手を携えてイベントをやる関係にあります。実はカープさんは、今までも平和に関するイベントをやってきました。サンフレッチェは2018年のV・ファーレン長崎との試合で『ピースマッチ』を行い、そうしたものを少しずつ始めているところです。共同記念ユニフォームの件も、2020年の被爆75年を契機にもう少し力を入れようという動きであると、ご理解いただければと思います。

 新スタジアムについては、客観的にこういう事実があります。Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島では、掲出されている広告看板、飲食物、それらがほとんどカープさんの売り上げになっています。それはスタジアムの指定管理者になっているからです。ですから株式会社サンフレッチェ広島としては、新スタジアムの指定管理者になれず、広告看板や飲食物の売り上げが入ってこない、ということにはなりたくありません。

 新スタジアムでの飲食物の提供は、ファン・サポーターの皆さんへのサービスのために、より強い選手をとるためにするものです。街の活性化のためには、試合後に紙屋町や八丁堀、あるいは流川まで流れていってほしいですが、新スタジアムの中でも、きちんと楽しめる飲食サービスを提供しなければいけないと考えています。

 また、スタジアム内でのエンターテインメントについてご意見がありました。私もエンターテインメント性を高めなければいけないという思いを持っています。2月23日の開幕戦には、『アナと雪の女王2』の日本版エンドソングを歌っている中元みずきさんにお越しいただき、ハーフタイムに歌ってもらいます。そういう仕掛けもやっていきますので、楽しみにしてください。よろしくお願いいたします。

質問

 エゼキエウ選手が、若いブラジル人アタッカーということで楽しみです。どういったところに惚れて獲得に至ったのでしょうか。

回答(足立 強化部長)

 エゼキエウはブラジル国内では名の通った選手で、ブラジルでは一流、世界的にも有名なボタフォゴのレギュラーです。21歳ということで将来性も豊かですが、初めての海外でのプレーですから、日本の環境、習慣への慣れに不安はあります。それでも可能性にかけて獲得しました。一番のストロングポイントはスピードで、一人で打開できる技術も持っています。スピードプラス技術で、多くのゴールを演出できる可能性を持つ選手です。

 速くて良い若手がいると、2年前くらいから見ていました。本人はヨーロッパを目指していたと思いますが、日本にも興味を持っており、2019年からコンタクトを取り始めました。レアンドロ・ペレイラ、ドウグラス・ヴィエイラ、ハイネルらに教えてもらいながら、まずは日本にフィットしてもらいたいです。エゼキエウが加入して、森島司、松本泰志、松本大弥、東俊希あたりの顔色が変わっています。そういった競争も考えて獲得しましたので、ぜひ応援してください。

質問

 セカンドユニフォームの件で厳しい意見がたくさん出るのは、信頼関係が棄損されたからだと思っています。オリンピックがあるからと、いろいろ相談されて決まったのだと思いますが、我々が最初に目にしたのは浦和レッズのホームページで、それがあったからこそのリアクションなんです。サポーターの方が見えているのか、とても不安です。今回の情報の出し方など、どこが問題で、今後どう改善したいのか。これまでのまずかった対応の積み重ねがあることを、クラブとしてどう顧みていくのか聞かせてください。

回答(仙田 代表取締役社長)

 正直に申し上げます。冒頭に申し上げた、2020年が特別な年なのは確かです。カープさんとのコラボについて、またオリンピックイヤーということで白と赤を採用することも、ご理解いただけると思います。ですが、私自身は不安がありました。これはサンフレッチェのサポーターの皆さんにしっかりご説明しなければいけない。今日は私が個人的に感じていた不安を、ご説明する場をいただいたと思っています。今でも広報のやり方がよかったとは思っていません。皆さんを非常に混乱させたと思っています。順番が違うことも分かっています。なので、今日は皆さんに私どもの正式な思いをお伝えしなければいけません。

 2020年はスペシャルイヤーです。いろいろな思い、紫のチームが赤を採用していいのかという思いはありますが、スペシャルイヤーということでご理解、ご納得いただこうと、私たちで話し合いました。ただ、そうは言っても、皆さんに100%納得していただけるのか。今までずっと紫を背負ってきている、そしてこれからも紫を背負うチームとして、いろいろなご意見をいただきました。我々はサンフレッチェ広島を愛する皆さんを同志だと思っていますから、そういう人たちに少しでも疑問を感じさせてしまったことを大変、反省しております。

 私も今までマーケティングの仕事をしてきましたが、マーケティングの基本は不平、不便、不満を少しでも解消していくことです。そういう意味で皆さんに申し訳ないと反省しており、お許しいただきたいと思います。そして、これからは我々も広報のやり方、ナイキさんとのすり合わせのやり方、内容を含めて、しっかり向き合っていかなければいけないと思っています。

 基本的にはスポーツを愛している人間なので、我々も走り過ぎてしまうところがあります。それもご理解いただきたい。ただ今回のことについて、ご意見はその通りだと思います。そう受け止めております。

質問

 サンフレッチェを出て海外に行った選手、他チームに行った選手が帰ってきたことがないように感じます。サンフレッチェは、いったん出ていった選手は帰ってこなくてもいい、という強化方針だと聞いたことがあります。海外を含めて完全移籍で出ていった選手は補強しない方向なのでしょうか。

回答(足立 強化部長)

 サンフレッチェから移籍していった選手を獲得しない、ということはありません。チーム編成はタイミング、そのときの状況に左右されるので、そのときに足りないところを補強します。ニーズがあれば、かつて所属した選手に声を掛けることは、もちろんあります。そのときのタイミングになるのですが、かつて所属した選手でも国内外問わず、必要なピースにはまるのであれば、帰ってきてもらいたいと思っています。

 選手としてではなくても、スタッフで帰ってくる形もあります。2020年には丸谷拓也が帰ってきて、アカデミースタッフに就任しています。2019年には平繁龍一も帰ってきています。フロントスタッフ、クラブスタッフ、チームスタッフにもタイミングがありますが、サンフレッチェに関わった選手やスタッフは、未来のチームづくりに必要だと思っています。よく選手たちに話すのですが、社長、強化部長、事業部長、監督などには、頑張ったサンフレッチェOBに就いてもらいたい、という夢を我々は持っています。

テーマ3 新スタジアム建設について