【イベントレポート】ドイツ「1. FC ケルン」とのメディアラウンドテーブル第2回
イベント・グルメ
最高のアカデミーとはなにか。5月27日、2021年から育成業務提携を結んでいるサンフレッチェ広島と1. FC ケルンがオンラインでメディアラウンドテーブル第2回を実施。サンフレッチェ広島からアカデミーダイレクターの沢田謙太郎氏、1. FC ケルンからアカデミーダイレクターのルーカス・ベルグ氏と国際化プロジェクトマネージャーの笹原丈氏が出席し、両クラブの育成方針について話し合った。
1. FC ケルンは5月18日、U19チームがDFBユースリーグ決勝で劇的勝利を収めてドイツチャンピオンに輝き、同日の午後にはトップチームもブンデスリーガ2部の最終節で逆転優勝を果たして1年での1部復帰を飾った。さらに今シーズンは8人のアカデミー出身選手がトップチームでプロデビュー。「クラブにとっては本当に素晴らしい1日になりましたし、アカデミーにとっても素晴らしい1シーズンになりました」と笹原氏は喜びとともに伝えた。
そうした1. FC ケルンの成功の源は「向上心」にある。もともと評価の高いアカデミーも近年は改善に取り組んできた。ベルグ氏は、「ここ数年でアカデミーの仕事を見直してきました。何のためにこの仕事をしているのか、どこに向かいたいのかを全ての指導者と話をして少しずつ改正を進めています」と明かした。
きっかけとなったのはドイツ国内で若いタレントの争奪戦が激化していることだ。育成クラブのライバル化が進んでいる状況で、1. FC ケルンは他クラブと差別化するためにアカデミーの在り方を改めて見つめ直した。
「タレントの取り合いは今のところお金で決まってしまっていて、個人的には残念に思っています。いいタレントがいると、他のクラブが大金を払って獲得する状況になっていて、そこに我々が乗っかって勝負しても勝てないですし、意味がないことでした。そこからどうやって抜け出せるのか、どうやって勝ち抜けるのかを考えた時に、お金ではない価値を選手に与えていきたいと考えていて、いまそこに力を入れています。もちろんアカデミーなので、サッカー選手を育てることは当たり前ですが、他のクラブがあまりやっていない人間を育てることにもっと力を入れていこうと活動し始めています」(ベルグ氏)
人間性の育成に舵を切った要因は、「街やクラブの歴史、文化がすごく関わっています」とベルグ氏は言う。「1. FC ケルンはすごく感情的でファミリー感あふれるクラブとして知られています。そのファミリー感は、陽気な人が多い街として知られているケルンの人たちから来ていて、それがすごく大きな要素でした」。街やクラブの人たちと改めて向き合えば、それは当然の流れだった。
まず取り組んだのは「所属選手たち、指導者たち、スポンサーやパートナーの方々にも、まずはこの1. FC ケルンのアカデミーに誇りを持ってもらいたい」という思いから、アカデミーの名称を『FC-Akademie(FCアカデミー)』に変えてブランド化。そして、育成におけるミッションとビジョンを明確に打ち出した。
1. FC ケルンが掲げる育成のビジョンは、ドイツで最高のアカデミーを作り、最高であり続けること。ベルグ氏は、「何をもって最高峰なのかは難しいですが、そこを数字化や文章化していくのがすごく大事だと思っています。我々の仕事は1人でも多くプロを育てるためにやっているので、もちろん試合の出場数やプレー時間も大事にしています。なので、何人のプロ選手を輩出できるかが最高峰のアカデミーを作る上でまず基準になると考えています」と説明した。
最高峰へのミッションは、「素晴らしい人間を育てていくこと」だ。ベルグ氏は、「アカデミーの選手全員がプロになれるわけではないので、人間としてどう生きていくのかを育んでいきたいと思っています。プロサッカー選手だけではなく、プロフェッショナルな人間になってもらいたいという思いがあります」と話し、その上で大事にしている4つの要素を挙げた。
「まず1番大事にしているのは『人間性』です。選手を人間として理解することで、育成はもっとうまくいくと思っています。他のクラブではまずサッカー選手として見られますが、我々はまず人間性から判断して、そのあとでサッカー選手としての判断をしています。次に『個性』を育てること。様々な選手がいる中で、1人ひとりの選手を大事にして、個性を育てることを重視しています。また、個性も大事ですが、最終的にサッカーはチームでやることなので、チームとして行動をしていけるチームプレイヤーを育てたいと思っています。個性を育てるのと『組織性』を育てるのを両立できれば、試合を決められる個性がある選手を育てられますし、ファミリー感があるチームを作れると思っています。最後にプロを育てるには『結果』が大事です。1番厳しいところですが、選手が年齢を重ねれば重ねるほど大事になることの1つなので、結果にこだわることを選手たちには教えています。なぜなら、それがなければ、我々のビジョンであるドイツ最高峰のアカデミーを作ることは達成できないからです。選手全員、指導者全員、スタッフ全員が、毎日ベストを尽くすことが大事になってきます」(ベルグ氏)
アカデミー改正後の具体的な取り組みとして、ベルグ氏はケルン体育大学との提携を1つの例に挙げる。ケルン体育大学は、ドイツ唯一の体育大学でドイツサッカー連盟(DFB)やドイツ代表チームとも連携している。そんな地元大学の心理学者がFCアカデミーのU8からU21まで全チームの選手たちをサポートしているという。
「(ケルン体育大学との)提携自体は長くありますが、(アカデミー見直しのタイミングで)提携の内容を少し変えて、人間性に関わるアプローチを心理学者の方々たちに主にやっていただくようになりました。具体的にはワークショップをしてくれたり、何か問題を抱える選手と積極的に話をしてくれたり、チームでのミーティングを開いてくれたりしています。この取り組みが大事なのは、他のクラブと違いをつけるのも1つですが、プロとして長く活躍している選手は人間性がしっかりしている傾向があるからです」(ベルグ氏)
こうした1. FC ケルンが進めるアカデミー改正はまだ始まったばかり。そのため、今シーズンはU19チームの全国優勝や8選手のトップデビューといった成功を収めたが、ベルグ氏は「それが改正した結果なのかはまだわかりません」と言う。それでも、クラブの飽くなき向上心が今シーズンの成果につながったのは間違いない。
「大事なのは常に普段の仕事のやり方が正しいのかを自問自答し続けて、常に変化を恐れない姿勢がこの結果につながったのだと個人的に思っています。1回目でも話に出たとおり、育成に終わりはないですし、自分の仕事に満足していたら成功にはつながりません」(ベルグ氏)
人間性の育成は、サンフレッチェ広島の根源でもある。アカデミーの理念でも「サッカーを通じて豊かな人間性を育み、社会人としての基礎を築く。市民・県民に親しまれ、愛される『日本一の育成型クラブ』を目指します」と記されている。沢田氏は、「ルーカスさんが言っていた人間教育のところはサンフレッチェとほぼ一緒です」と話し、育成型クラブとしての基礎を築き上げた今西和男氏の言葉を紹介しつつ説明した。
「サンフレッチェの礎を築いてくれた今西さんが、『サッカー選手である前によき社会人であれ』という言葉を残してくれています。この言葉を信じて、これからもずっと続けていくことがトップも含めてサンフレッチェ全体の指針になっています」(沢田氏)
もちろん、サンフレッチェ広島も1. FC ケルンと同じように「トップのアカデミーとはなにか?」を問い続けている。沢田氏は、「日本一の育成クラブを目指している中で、じゃあ日本一とはなにかということを僕らもスタッフの間でよく話しています。いま僕らが考えているのは、選手をトップチームに上げるという実績だけではなくて、いろんな地域の人、サポーターの人、もしくは周りのチームや選手たちからも信頼、信用されるようなチームになることが大切だと思います。実績と信頼や信用がそろって初めて日本一の育成型クラブではないかと思います」と見解を語った。
サンフレッチェ広島は今シーズンのトップチームに欧州から帰ってきたMF川辺駿や日本代表GK大迫敬介など13人のユース出身選手が在籍。MF茶島雄介やDF荒木隼人といった大学を経由してクラブに戻った選手もいれば、MF中島洋太朗やFW井上愛簾ら若いタレントも続々と輩出している。さらに、過去にはJユースカップ優勝3回、高円宮杯優勝5回、クラブユース選手権優勝3回を誇り、昨年もJユースカップ第30回Jリーグユース選手権大会で準優勝するなど好成績も残し続けている。
沢田氏は、「これはもう間違いなく選手たちが頑張った結果ですし、(ミヒャエル・)スキッベ監督がアカデミー出身の選手も使ってくれながら、しかも結果を出してくれているという、本当に幸せな時期を過ごさせてもらっています」とクラブの実績を誇り、続けて信頼についても言及した。
「いまは日本のサッカーの状況がどんどん変わってきています。海外にすぐ行く選手もいて、高校から地域を超えて出ていく選手もいます。その中でもサンフレッチェのアカデミーでプレーしたいと思ってくれる選手がたくさんいることが本当に幸せなことだと思っています。指導者や保護者の方々にもサンフレッチェだったら安心して送り出せると思えてもらえるようなチームになり続け、サンフレッチェだったらサッカーだけじゃなくて、学校も普段の生活もちゃんと働きかけてくれて、よき人間に育ててくれると思ってもらえるような組織であり続けたいと思っています」(沢田氏)
実績はプロ輩出人数やユースの成績などで可視化しやすいが、信頼や信用はどう表現し、育んでいけるのか。沢田氏はその答えにピッチ内外での「一貫性」を挙げる。
「よくユースだと『逆転のサンフレッチェユース』と言われていて、最後の最後まで諦めないで戦い続けること、ひたむきにボールを追い続けること、みんなで声を出して仲間を鼓舞して助け合うこと、そうしたことがサンフレッチェらしさであり、私たちが必要だと思うところなので、それをやり続けることで信頼、信用されると思っています。だからこそ、今までも選手が(アカデミーに)来てくれているし、これからも来てくれると思っています。中には、人が変わると、ガラッとチームのカラーが変わるクラブもありますが、人によって変わるのではなくて、サンフレッチェのサッカーをずっと続けていきたいと思っています。あとは、学校や寮生活で少しずつできることを増やすのも信頼や信用につながると思うので、普段の生活から寮長やコーチングスタッフがしっかり働きかけるような組織作りを続けることが大事だと思います」(沢田氏)
そうしてサンフレッチェらしさを貫いて約30年。たゆまぬ努力がいまのクラブを形作っている。それは今後も変わらない。沢田氏は、「いま僕らが称賛されるのは、今までやってきた30年間の歴史や積み重ねたものが、こうして結果に出ているからだと思っています。だからこそ、僕らが大切なことは30年間続けてきたことと同じように、これからもまたさらに30年、40年、50年と続けて、少しずついい方向へと修正しながら、日本一の育成クラブを目指し続けていくことだと思っています」と力を込めた。
サンフレッチェ広島は育成に一貫性を持ちつつ、様々なアップデートをしながら前進していく。沢田氏は、「必要なことをいろんなとこから勉強していかないといけません。こうして1. FC ケルンとも提携したことで、より濃く、より強く、より固く、より広く、選手に働きかけられるものを1つでも多く学んでいきたいです」と意気込んでいる。
1. FC ケルンもその思いは同じだ。人間性育成の方針に舵を切ったのは、サンフレッチェ広島との提携が影響したわけではないが、ともに活動をし始めたことで同じ方向性を持つ仲として刺激し合う関係となった。
ベルグ氏は、「サンフレッチェの人間を育てる育成は、こちらもすごく共感していますし、参考にしているところでもあります。サンフレッチェのスタッフとの交流で人間を育てる大事さをうちのスタッフが再確認させていただいています」と話し、最後に「サンフレッチェさんともこれからも手を取り合ってお互いの育成を良くしていきたいと思っています」と今後への期待を込めた。
人間性の育成という共通の志を掲げるサンフレッチェ広島と1. FC ケルンは提携を通じて今後も切磋琢磨していく。目指すはそれぞれの思い描く最高のアカデミーである。