【イベントレポート】ドイツ「1. FC ケルン」とのメディアラウンドテーブル第3回
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育成業務提携を結んでいるサンフレッチェ広島と1. FC ケルンは6月18日、メディアラウンドテーブル第3回をオンラインで実施した。サンフレッチェ広島からは普及部ダイレクターの塩崎浩作氏、1. FC ケルンからは普及部リーダーのジモン・シャイベ氏と国際化プロジェクトマネージャーの笹原丈氏が出席し、普及活動の取り組みについて話し合った。
育成に定評がある両クラブは2021年に業務提携を締結し、これまで様々な交流で関係を深めてきた。過去2回のメディアラウンドテーブルでは提携の活動内容などに触れつつ、両クラブの「育成」についてフォーカスしてきた。3回目となる今回のテーマはサッカースクールなどの「普及」について。育成の土台を作る不可欠な取り組みだ。約10年前から1. FC ケルンの普及部で働くシャイベ氏は、まず育成部との違いについて言及した。
「(育成部のように)トップのタレントを育てるというよりも、(普及部は)できるだけ『幅を広げる』ことに焦点を当てています。ピラミッドの下の部分を広げていけばいくほど、多くの選手が上に行けると信じているので、できるだけ多くの子どもたちにサッカーをしてもらって、その中からトップのタレントを発掘できると思っています。普及部と育成部は仕事の内容こそ違うかもしれないですが、つながっていると確信しています。たくさんの子どもたちにサッカーを楽しんでもらい、サッカーに対する情熱を育んでいくことが我々の仕事です」(シャイベ氏)
サンフレッチェ広島も育成と普及で活動の違いはあるものの、一貫した方針を持って取り組んでいる。塩崎氏は、「サンフレッチェは日本一の育成・普及型クラブを目指しています。その根底に流れるものは、やっぱり『人を大切にする』ということ。それは育成を語る上で、『人が変われど哲学は変わらず』というクラブの創始者でもある今西和男さんの教えを継承している部分が多いです。育成と普及で部署の違いはありますが、子どもたちや育成年代の選手たちがより幸せな人生を歩めるように、スタッフみんなでハードワークすることは何も変わらないです」と話した。
普及部の役割である「幅を広げる」取り組みにおいて、両クラブがまず重視するのは「サッカーの楽しさを伝える」ということ。サッカーを通じた未来への種まきだ。
シャイベ氏は、「我々の仕事は、できるだけ多くの子どもたちにサッカーの楽しさを伝えることと、サッカーを通して子どもたちを幸せにしていくことです。そうすることで明るい社会を作っていけると信じています」と話し、塩崎氏はさらに「サッカーの楽しさを通じて、スポーツ文化を根付かせること、広島としては特に平和を大切にし、社会や世界で活躍できる人材を育てることが私たちの大事にしている価値観です。サッカーを通じて私たちがこの地域に何ができるのか。裾野を広げる活動をして、地域にとってなくてはならない存在を目指しています」と付け加えた。
子どもたちに伝えていきたい「サッカーの楽しさ」とは何か。人それぞれに感じ方はあるが、塩崎氏は「成長」という見解を示す。
「子どもたちが何かに夢中になる手段の1つにサッカーがあると思います。足を使ってやるので、思うようにボールを扱えない難しさがあるからこそ、うまくいったときの達成感があって、それが楽しさにつながると思います。最初はただ体を動かすことが楽しくて始めて、そこからボールを蹴る面白さを感じ、1つずつできることが増えることで『うまくなった』という自己効力感が生まれて、今度は『もっと強くなりたい、もっと勝ちたい』という競争心が芽生えていきます。そうした過程の1つひとつに楽しさがあって、それがサッカーの魅力だと思います」(塩崎氏)
そうした「サッカーの楽しさ」をより伝えていくために、両クラブは2023年から広島で合同キャンプをスタートさせた。毎年夏にドイツから来日した1. FC ケルンの指導者とサンフレッチェ広島のコーチ陣が協力し、2泊3日のサッカーキャンプを開催。参加する子どもたちはドイツ人指導者との異文化交流を始め、サッカー技術やチームワークなども養えるトレーニングプログラムで貴重な体験を得ることができる。塩崎氏は、「ケルンとサンフレッチェの育成メソッドをミックスしたようなサッカーキャンプをやっています」と説明する。
「異文化交流だったり、ドイツで普段やっているトレーニングに実際に触れたり、サンフレッチェのコーチたちによる声かけだったりを通して、サッカーをより深く理解し、サッカーの楽しさを知り、もっと言うと、サッカー以外でも『自分もいつか海外に触れてみたい』というきっかけになってくれれば良いなと思っています。ケルンから来るドイツ人のコーチも毎回明るいスタッフが来てくれますし、私たちサンフレッチェのコーチたちも明るくて元気なスタッフがたくさんいるので、子どもたちにまたやりたいなと思ってもらえるように取り組んでいます」(塩崎氏)
今年8月に3回目が開催される合同キャンプは、過去の参加者からも好評を得ていて、塩崎氏は、「保護者の方からは『すごく良い夏休みの機会になりました』という声が多いです」と明かす。
「まずはヨーロッパで育成に定評のある本場の指導者が来て、直にトレーニングに触れられますし、彼ら(指導者)は子どもたちの良さを見つけ出してくれます。それから、サッカーは判断や技術だけではなく、チャレンジ精神も大事です。普段サッカーをやっている子が、もっとうまくなりたいと思って来ているので、そこで自分のプレーを認められた上で、『もっとこんなことができるんじゃないか、こんな可能性があるんじゃないか、そのためには失敗は全然問題ないよ』といった声かけによって、子どもたちが自主的にトライする雰囲気を出していきます。そこは保護者の方からもすごく高い評価をいただいています」(塩崎氏)
また、合同キャンプは参加者だけではなく、両クラブにとっても学びの場となっている。シャイベ氏は、「1番勉強になったのは準備の仕方です。親御さんや子どもたちから具体的なフィードバックをもらって、それを活かして常に改善していくことは、サンフレッチェさんから学ばせていただいて、ケルンでも実際にやろうと思っています。そうした仕事の仕方や仕事に対する姿勢は学ばせていただくことがたくさんあります」と明かし、さらに、昨年夏のキャンプには当時アカデミー普及部だった元日本代表の駒野友一コーチ(現ユースコーチ)が参加していたことから、ドイツとの違いも指摘した。
「特にサンフレッチェでは元プロ選手の指導者がまずサッカースクールや普及部から始めるのがすごく驚いたことです。それはドイツではほぼない形ですが、すごく意味のあることだと思います。良い選手だった人が良い指導者になるとは限らないですし、どんな人にでも経験が大事なので、まずはサッカースクールからスタートするというサンフレッチェさんのやり方はすごく感心していますし、素晴らしいことだと思います」(シャイベ氏)
一方、サンフレッチェ広島としては、1. FC ケルンの指導者たちの「柔軟性」が印象に残っている。塩崎氏は、「日本人は真面目だからコートの広さやビブスの数、ボールの空気圧とか結構細かくやりますが、(ケルンの指導者は)例えばオーガナイズや場の設定も、考えてはいるけど、日本人からすると適当な部分があるように見えます。だけど、それは子どもの表情や特性をしっかり見て、あるいは何か現象が出るまで待ってあげているからだと思います。そうやって子どもの可能性や何かやりたい気持ちを引き出していると思うので、状況によって条件やルールを変える対応力はとても学びになりました。改めて自分たちが真面目すぎると感じましたし、でも決してドイツのスタッフが不真面目なわけじゃないですよ(笑)」と話す。
すると、それを聞いていたシャイベ氏も、「我々がよく言っているのは、『コントロールされたカオス』です」と笑顔で反応する。「カオスだけども、しっかりコントロールできている状況は我々が大事にしていることです。でも、ドイツ人は他のヨーロッパの国と比べると、より真面目だとは思いますけどね」と冗談混じりで返した。
両クラブは普及活動を長年継続して行い、育成の土台を作ってきた。その活動は全てがわかりやすい成果として出るわけではないが、プロ選手を輩出し続けるだけではなく、クラブが地元地域に根を張って社会に貢献するためには欠かせない取り組みだ。
1. FC ケルンは近隣にレヴァークーゼンやボルシア・メンヒェングラートバッハなど他のクラブが多い地域にある。ライバルに囲まれているため、シャイベ氏は「小さい頃からいかに1. FC ケルンのファンになってもらえるかが我々普及部としても大事になってきます。1. FC ケルンを通してサッカーを始めてもらって、1. FC ケルンのロゴを身につけてサッカーしてもらって、ファンになってもらうことを目指しています」と地道な活動の大切さを口にし、「サンフレッチェさんの場合は広島県内で唯一のJリーグクラブなので、そこは違うかもしれないですが、もしかしたら野球との関係に似ているかもしれないです」と説明した。
塩崎氏は、「ケルンは歴史が違いますし、(クラブ自体が)もうなくてはならない文化になっていて、市民権を得ているので、私たちもそういうところから多くのことを学ばないといけないと思います」と話し、サンフレッチェ広島の歴史を振り返りつつ今後の活動へ意気込む。
「クラブができて30数年、私もありがたいことに30年ぐらいクラブに携わらせてもらっていますが、まさか街中にこんなスタジアムができて、ユニフォームを着て周りを歩く人がこんなにも増えるとは夢にも思いませんでした。そういう意味では、今までの多くの方の努力や先達のご尽力には感謝しかありません。なので、私たちがやらないといけないことは、それをうまく引き継いでいって、長い目で見たときの公共財のような存在を目指すべきだと思っています」(塩崎氏)
それを受けてシャイベ氏も、「塩崎さんが今のスタジアムの光景を30年前には想像できなかったと言っていましたが、そこに普及部の活動がいかにつながっているかは目で見られないし、測れるものではないですけど、必ずつながっていると信じて仕事をすることがとても大事だと思っています」と力を込めた。
地道な活動の積み重ねによって、育成に定評のあるサンフレッチェ広島と1. FC ケルンの今がある。今後は育成業務提携での活動も、両クラブのさらなる発展に貢献していくはずだ。
シャイベ氏は、「合同キャンプを一緒にやっていく中で、お互いに話し合うだけでもすごく興味深いところはたくさんありますし、真似できることもたくさんあります。他のクラブから学ぶことはすごく大事ですし、この提携がまさにつながってくると思います。こうして一緒に仕事をして、一緒に経験して、一緒に学んでいくことが強みだと思っています」と提携の重要性を口にした。
塩崎氏は、「サンフレッチェでは育成年代でこういう形で密にやること自体、今までになかったので、私たち指導者にとっても非常に刺激的な提携だと考えています」と提携の意義を語る。
「どういうトレーニングをするかだけではなく、本来のコーチの価値や役割とは何なのかというところを変えていくチャンスだと捉えています。例えば、『長期的な視野で物事を見てあげましょう』という言葉をよく聞きますし、私たちもそう学んできました。ですが、実際に子どもたちの未来を想像してアプローチをしていくことを考えたときに、果たして私たちのスタッフが取り組んできたことは本当によかったのだろうか、あるいは今後どういう方向に行くのか、そういったプロセスに関して改めて考えるきっかけになっています。引き続き、お互いにコミュニケーションを取ってより良い活動を続けていけば、結果的に子どもたちの未来や可能性をより広げられると思います」(塩崎氏)
サッカーの楽しさは、明るい未来へとつながっている。普及活動を通じてその信念を体現すべく、サンフレッチェ広島と1. FC ケルンは引き続き協力しながら取り組んでいく。